· 糸島日記 · 7 分で読めます

第9話

「表情が、柔和になったね」

海の見えない部屋を、方角で選びました

「表情が、柔和になったね」

福岡県の糸島に移ってから、何人かの友人に、そう言われました。

自分では、あまり自覚がありませんでした。ただ、言われてみると、思い当たることがあります。

今回は、仕事の話から少し離れて、糸島での暮らしのことを書きます。

海の見えない部屋

糸島に移ったのは、二〇二二年の八月です。

それまでは、東京の大田区と、福岡市の南区に部屋を借りて、二つの拠点を行き来していました。

毎月の墓参り

そもそも、なぜ福岡だったのか。

父の実家は、北九州の小倉にあります。永井家の墓も、そこにあります。

小倉には、もう永井家の親戚は一人も残っていません。コロナの前までは、父が毎月、新神戸から新幹線に乗って、墓参りに通っていました。

コロナをきっかけに、そして父が高齢になったこともあって、私が代わりに、毎月ご先祖の墓参りをするようになりました。

第5話で、父の会社を継がなかった話を書きました。

会社は、継ぎませんでした。けれど、ご先祖の墓参りは、長男として当然のことだと思っています。

福岡市の南区に部屋を借りていたのも、同じ理由です。引っ越すなら、福岡県のどこか。それは、最初から決まっていました。

その中で、ふるさと納税などを通じて目に留まったのが、糸島でした。ほかの土地とも比べたうえで糸島に決めた理由は、いくつかあります。それはまた、別の回に書きます。

西へ

東京から見て、糸島は西にあたります。その年のその月は、年盤で見ても、月盤で見ても、西が吉方位になる時期でした。

いまの部屋から海までは、歩いて十五分ほどかかります。

ベランダから、海は見えません。

一度目は、景色で選びました

第3話第4話で、会社を辞めたあとに横浜の金沢区へ移った話を書きました。

ベランダから、山と海が見える部屋でした。高校まで育った神戸の実家から見ていた景色と、よく似ていた。それが決め手でした。

時期も方角も、最悪の組み合わせでした。

二度目は、時期と方角を先に確かめてから選びました。そうしたら、海の見えない部屋になりました。

海の見える部屋を、景色で選んだのが一度目。海の見えない部屋を、方角で選んだのが二度目です。

喜びの星

あのとき西の方角に巡っていたのは、七赤金星という星でした。

この星の方角へ移ると、人生の楽しみや喜びが増える。思いがけない臨時の収入がある。そう言われています。私にとっては、自分の中に眠っている力を開く星にもあたります。

移るときに期待していたのは、そういうことでした。

町の名前が、知られていった

糸島に来た翌年の夏、この町を舞台にした朝の連続テレビ小説の制作が発表されました。「おむすび」というドラマです。

舞台は、糸島と神戸でした。糸島で育ったヒロインが、神戸で栄養士を目指す物語です。

私が育った町と、いま住んでいる町が、一つの物語の中でつながっていました。

放送が始まると、糸島の名前は一気に全国に知られるようになりました。移り住む人が増え、リゾートやマンションの開発も進みました。

私が来たのは、ちょうどその少し前だったことになります。

朋あり、遠方より来たる

糸島に引っ越した、と伝えると、東京や大阪から友人が訪ねてきてくれるようになりました。

福岡市内に住んでいたら、ここまでではなかったかもしれません。糸島という名前に、人を呼ぶ力があったのだと思います。

訪ねてきてくれた友人と、糸島や福岡の店で、食べて、飲む。

朋あり、遠方より来たる。また楽しからずや。

論語の一節を、そのまま暮らしているような日々です。

七赤金星は、喜びや楽しみの星です。気学では、飲食や会話にも縁のある星とされています。期待していたのとは少し違う形でしたが、楽しみは、たしかに増えました。

三分間のお冷や

表情が柔和になった、と言われて思い当たるのは、たとえばこういうことです。

東京にいた頃の私は、カフェに入って、三十秒か一分のうちに店員さんが注文を取りに来ないと、苛立っていました。

糸島に来て、近所のカフェに入ったときのことです。三分ほど、誰もお冷やを持ってきませんでした。

最初は、なんてことだ、と思いました。

けれど、しばらく座っているうちに、気がつきました。

別に、急ぐ必要は何もない。

いまは、それが私の当たり前になっています。

急がなくていいと分かると、顔からも力が抜けるのかもしれません。

朝は、その日の吉方位のカフェで

ふだんの一日は、こんなふうです。

朝は、その日の吉方位にあるカフェに行くのが習慣です。大きな判断では年と月の巡りを見ますが、これは日々の小さな楽しみです。本を読んで、ゆっくり過ごします。

それから家に戻って、仕事をします。

借りているのは二LDKで、そのうち一部屋を、まるごと仕事部屋にしています。本と資料、大きめの机。パソコンが二台に、文字を大きく映すためのモニターが二台。

第3話で書いた、関東の会社の社長とのZoomも、この部屋からつないでいました。

海は見えませんが、考えごとには向いている部屋です。

左利きの柳刃包丁

糸島に来て、もう一つ変わったのは、食べることです。

魚も、野菜も、とにかくおいしい。そのせいで、外食が減りました。

近所の産直や、こだわって作っている生産者さんから野菜を買ってきて、焼くか、煮るだけ。それだけで、十分に味があります。

同じ道を来た人

糸島に来てから、こだわって作っている人たちと知り合いたい、と思っていました。

そうして出会った一人が、糸島で店を営む女性の社長です。

話してみると、神戸の生まれでした。東京で暮らしたあと、糸島に来て店を開いた、と。

私と、ほとんど同じ道を来た人でした。

朝ドラの話といい、神戸と糸島は、どうも縁がつながっているようです。

真鯛が、雑魚の値段で

糸島は、天然の真鯛の漁獲量で、長く日本一だった土地です。花の産地でもあって、百を超える品目の花が作られています。

こちらに来て驚いたのは、真鯛が獲れすぎた日には、本当に雑魚のような値段で並んでいることでした。

私は高校まで神戸で育ちました。刺身といえば明石の天然の真鯛、肉といえば神戸牛。それが当たり前の家でした。

その舌で見ても、新鮮な天然の真鯛が、あの値段で手に入る。これは、素直にうれしいことです。

包丁と、まな板

外食が減れば、自炊が増えます。

私は左利きです。これまでは、洋包丁を一本、力で押し切るようにして使っていました。

こちらに来てから、包丁の専門店で、左利き用の柳刃包丁を特注しました。刺身を引くための包丁です。

まな板も、横幅が八十センチを超える、大きな木のものに替えました。

九話目に

九星気学には、九つの星があります。周期も、九年と、九か月です。

このサイトの最初の区切りも、九話にしました。

そして、サイトを開く日は、九月三十日にしました。気学で、新しいことを始めるのに良いとされる日です。

第8話で書いた「堂元」という名前を名乗り始めたのも、同じ種類の日でした。

この九話は、糸島の小さな仕事部屋で書きました。

海は見えません。歩いて十五分のところにあります。

あなたがいま暮らしている場所は、景色で選んだ場所ですか。

それとも、時期と方角で選んだ場所ですか。

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    よくある質問

    引っ越しの方位は、何を見て決めればいいですか

    気学では、年盤と月盤の両方を見ます。その年の巡りと、その月の巡りが、どちらもその方角を良い方位としているかどうか。私が糸島に移ったときも、年盤と月盤の両方で西が吉方位にあたる月を選びました。方角だけでなく、時期とあわせて見るのが基本です。

    吉方位に移ると、すぐに何かが変わりますか

    すぐに劇的な変化が起きる、というより、暮らしの小さなところから変わっていく印象です。私の場合は、友人が訪ねてくるようになったこと、表情が柔らかくなったと言われたこと、食べるものが変わったことでした。変化は、あとから振り返ったときに気づくことのほうが多いと思います。

    海の見える場所に住みたいのですが、方位が良くないときはどうすればいいですか

    景色は大事です。ただ、景色だけで決めると、私の金沢区のようなことが起こりえます。まず時期と方角を確かめて、そのうえで条件に合う場所を探す。この順番を逆にしないことをお勧めします。私はいま、海の見えない部屋に住んでいますが、歩いて十五分で海に出られます。それで十分だと思っています。

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