· 使命と次のステージ · 11 分で読めます
第8話
「何か、燃え尽き症候群のようになってしまって」
次のステージは、上にあるとは限りません
「何か、燃え尽き症候群のようになってしまって」
講師業で大きく成功した友人から、こう打ち明けられたことがあります。
都内のタワーマンションの、上のほうの階にある自宅でした。部屋には、ルームランナーやベンチプレスが置かれていました。
気が抜けた、という顔ではありません。良く言えば、穏やか。悪く言えば、少し覇気がなくなったような顔でした。
もともと実力も人気もある人でした。それが、売り方の専門家と組んだことで、ある企画が大きく当たりました。事業は一気に大きくなり、個人の講師としては桁の違う規模になった。
お客さんのサポートは、いまも喜んでやっている。ただ、事務局が整って、自分がいなくても回るようになった。
そうなったら、燃え尽きたようになってしまった、というのです。
その日、私が呼ばれた理由は、別にありました。私の仕事の組み立て方を学びたいから、家庭教師をしてほしい。そう頼まれて、出かけていったのです。
私よりずっと大きな事業をつくった人が、私に教わりたいと言う。いま思えば、その時点で、彼はもう次の場所を探し始めていたのだと思います。
次のステージは、上にあるとは限りません
目標を達成したあとで、力が抜けてしまう。
経営者の方からも、ときどき伺う話です。売上の目標を超えた。仕組みができた。なのに、次に何を目指せばいいのか分からない。
そういうとき、たいていはこう考えます。
もっと大きな目標を立てればいい。次のステージへ上がればいい。
けれど、燃え尽きた人に、もっと大きな数字を渡しても、たいてい火はつきません。
燃え尽きは、疲れではないからです。
私の見方では、あれは、一つの役目をやり終えたしるしです。
やり終えたのだから、同じ役目の延長に、もう熱は残っていない。必要なのは、次の目標ではなく、次の役目のほうです。
そして次の役目は、上にあるとは限りません。横にあることもある。ときには、一年生に戻ることもあります。
これは、私自身が二度経験したことでもあります。
名前をいただきました
「正」は、止まる
第7話で、師匠の村山幸徳先生に「もうこれ以上は1円も出さないで」と言われた話を書きました。
そのあと、先生のお弟子さんにも、同じ件でさらに詳しくご相談しています。見立ては、先生と同じでした。
そのときに、名前のこともご相談しました。
私の本名は、永井正敏といいます。
「正」の字は、正しいとか、正義という意味で受け取られがちです。けれど、字の形で見ると、一本の棒の下に「止」がある。
上に蓋があって、止まる。いつまでも突き抜けることができない。そういう読み方ができる、と教えていただきました。
ちょうど、何をやっても抜けきれずにいた時期です。
五月の金曜日の講義
ある年の五月、金曜日の講義に出かけました。
いつもなら、冒頭に先生の時事の話があります。その月は、それがまったくありませんでした。雑談もなく、最初から最後まで気学だけ。
扱われたのは、三つでした。旅行や出張のときの方位。転居の前にとる方位。そして、姓名の見方。
三つとも、そのときの私に、そのまま必要な話でした。
ああ、そういうことなんだな、と思いました。講義が終わってから、先生のところへ行って、名前をお願いしました。
一案だけ
そのあと、海外への出張がありました。戻ってくると、FAXが届いていました。
永井 堂元(ながい たかゆき)
正敏という読みはそのまま残すか、せいぜい一文字を書き換えるくらいだろう。そう予想していました。
まったく違う方向から来たので、ずいぶん意外でした。
正直に言うと、最初に思ったのは、お坊さんみたいだな、ということです。
ふだん、先生は二つの案を出して、本人に選ばせるのだそうです。
私のときは、一案だけでした。
奥様を通じて、先生のこんな言葉が伝わってきました。
「もうこれ一押しだ。他は考えられない」
名刺を刷り直して、月の十八日から名乗り始めました。気学で、新しいことを始めるのに良いとされる日です。
杓の底に残った水
お弟子さんにご報告すると、長い返信をいただきました。名前に込められた意味を、読み解いてくださったものでした。
堂元は、音で読めば「どうげん」です。永平寺を開いた道元と、同じ響きになります。
お坊さんみたいだ、という最初の印象は、あながち外れていなかったことになります。
返信には、永平寺の山門に刻まれているという句が添えられていました。
杓底一残水 汲流千億人
柄杓の底に残ったわずかな水も、流れていけば、やがて千億の人を潤す。
井戸から汲まれて流れていく水が、やがて広く人々の恵みになる。堂の元に集まる人たちの恵みとなるような生き方を、と書かれていました。
水の星
水の話は、星にもつながっていました。
私の本命星は、六白金星です。人の上に立つリーダーの星でありながら、慈愛と奉仕の星でもある。
そして、この私にとって一番の追い風になる星、気学でいう最大吉方が、一白水星という水の星です。
水の星を従えて、優しさを恵みとして差し出す星。お弟子さんは、そう書いてくださいました。
名前にも、句にも、星にも、同じ水が流れていた。
返信は、こう結ばれていました。
本命のままにあれ。
その名前で
堂元の名前で、友人と共著の本を出しました。
二〇一七年の三月、その本がベストセラーになりました。第6話で少し書いた本です。
名前のおかげで売れた、と言うつもりはありません。売れたのは、本そのものの力と、一緒につくった友人の力です。
ただ、止まっていたものが動き出した、という実感はありました。
先生の奥様に、お礼とご報告をお伝えしました。
その年の夏あたりから、先生は療養のために、講座をお休みされるようになりました。
「永井、頼んだぞ」
一つ目のステージ
本が売れたことで、ご相談に来られる方が変わりました。
それまでは、個人事業主の方が中心でした。それが、会社を継いだ二代目、三代目の経営者や、年商が十億円を超えるような会社の経営者から、声がかかるようになった。報酬の水準も、一段上がりました。
第6話で「仕事としては、明らかに一段上がりました」と書いたのは、この時期のことです。
規模のステージが、一つ上がりました。
ただ、振り返ると、役目のほうは、まだ変わっていませんでした。
霊柩車が出ていくとき
二〇一八年の五月に、村山先生が亡くなられました。
告別式は中野で行われ、千人を超える方が参列されていました。五月の下旬で、よく晴れて、少し汗ばむような日でした。
式が終わって、霊柩車が出ていくとき、参列した人たちが一斉に、同じ言葉をかけました。
「先生、ありがとうございました」
私も、同じことを言いました。
そのときです。なぜか、声が聞こえたような気がしました。
「永井、頼んだぞ」
本当に聞こえたのかどうかは、分かりません。いまも、分からないままです。
ただ、そう聞こえた気がした、ということだけは、はっきり覚えています。
立春から
翌年の立春、二〇一九年の二月四日に、「気学アカデミー」という名前で、半年間の講座を始めました。
それまでの私は、先生から教わる側でした。この日から、伝える側に回りました。
二つ目のステージです。こちらは、規模ではなく、役目が変わりました。
燃え尽きは、役目を終えたしるしです
規模のステージと、役目のステージ
振り返ると、次のステージには二つの種類があるのだと思います。
一つは、規模のステージです。売上が増える。お客さんの層が上がる。報酬が上がる。これは、同じ役目のまま、大きくなっていくステージです。
もう一つは、役目のステージです。やっていることの意味そのものが変わる。教わる側から、伝える側へ。あるいは、その逆へ。
燃え尽きが起きるのは、たいてい、規模のステージを上がりきったところです。
同じ役目のまま、行けるところまで行った。だから、その延長には、もう何も残っていない。
そこで、さらに大きな数字を立てても、同じ役目の延長でしかありません。必要なのは、役目のほうを変えることです。
気学は、ここで何を見ているのか
こういうご相談を受けたとき、私が拝見するのは、主に三つです。
一つは、その方の本命星です。その人らしいお役目が、ここに表れます。
二つ目は、その方がいま、九年の周期のどのあたりにいるか。一つの周期を終えたところなのか、まだ途中なのかで、次の一手が変わります。
三つ目は、いまやっている仕事そのものではなく、抽象度を一段上げたところで、これからの方向性を見ることです。
細かい見方を書くと専門的になりますが、たとえば、どういう人をお客さんにすると、その方の人生の舞台が広がるのか。潜在能力をどう開いていくのか。その人の人生のテーマは何なのか。そういったことも、あわせて拝見します。
いまの仕事の名前で考えていると、次の役目は見えてきません。講師なら講師、社長なら社長の延長でしか考えられなくなるからです。
一段上げると、同じ本命の人が、まったく違う場所でその人らしさを発揮する姿が見えてきます。
本命のままに
お弟子さんからいただいた「本命のままにあれ」という言葉を、私はこう受け取っています。
役目は、外に探しに行くものではない。もともと自分の中にある。
ただ、それが形になるのは、誰かに託されたときなのかもしれません。私の場合は、先生の名前と、あの「頼んだぞ」でした。
「おめでとうございます」とお伝えしました
ご相談を受けた方すべてのその後を、存じ上げているわけではありません。ですので、これは私が知り得た範囲の話です。
冒頭の友人の話に戻ります。
若くして認められる星
彼の本命星は、三碧木星でした。
若くして、世の中に才能を認められる星です。
ですから、私はまず、こうお伝えしました。
「それが早くも形になりましたね。おめでとうございます」
燃え尽きたと打ち明けた人に、おめでとうございます、と言ったわけです。
けれど、私にとっては、それが一番正直な言葉でした。この星の人が、若いうちに才能を形にした。一つの役目を、見事にやり終えた。燃え尽きたのは、その証拠です。
気になったことは、どんどんやっていい
三碧木星は、いろいろなことに興味を持って、身軽に動くのが本分の星です。
裏返せば、あれこれ手を出して、どれも途中で終わる、と言われかねない性質でもあります。第2話で書いた、長所の裏側にある短所です。
けれど、私はそちらの言い方はしませんでした。
あちこちに関心が向くのは、この星の人らしい生き方です。だから、こうお伝えしました。
「気になったことは、どんどんやっていけばいいですよ」
一年生に戻った
その後、彼はまったく畑違いの分野で、師匠について、一から学び始めたと聞きました。
教える側で頂点まで行った人が、学ぶ側に戻った。
私とは、向きが逆です。私は学ぶ側から伝える側へ移り、彼は伝える側から学ぶ側へ移った。
けれど、どちらも同じことが起きています。規模ではなく、役目が変わった。
次のステージは、上にあるとは限りません。
あなたがいま目指しているのは、次の目標ですか。
それとも、次の役目ですか。
規模ではなく、役目のほうを見る。そのための一本の線を、外から引くのが私の仕事です。
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よくある質問
目標を達成したのに、やる気が出ません。どうすればいいですか
無理に、次の大きな数字を立てないでください。燃え尽きは、一つの役目をやり終えたしるしであることが多いと考えています。その場合に必要なのは、新しい目標ではなく、新しい役目のほうです。いまの仕事の名前でではなく、抽象度を一段上げて、自分はそもそも何をする人なのかを考え直すところから始めてください。
次のステージに移る時期は、どうやって分かりますか
ご本人がいま、九年の周期のどのあたりにいるかを拝見します。周期の中には、広げる時期も、整える時期も、次の種をまく時期もあります。燃え尽きたと感じる時期が、ちょうど一つの周期の終わりと重なっていることもあります。そのときは、焦って次へ行くより、終わりをきちんと終えることのほうが先です。
自分の使命が分かりません。どうやって見つければいいですか
外に探しに行くより、内側にあるものを確かめるほうが早いと思っています。気学では、その人らしいお役目、どういう人と関わると舞台が広がるか、潜在能力と人生のテーマ、といったことを拝見します。ただ、それが実際に動き出すのは、誰かに何かを託されたときであることが多い気がします。私の場合は、師匠から名前をいただいたことと、「頼んだぞ」という一言でした。