· 経営判断と優先順位 · 9 分で読めます
親記事:「宿命が悪いと言われまして」
第7話
「もうこれ以上は、1円も出さないで」
あと少し出せば、と迷った時が一番危ない
「あ~あ。 君、この人にお金出しましたか?」
気学を本格的に学ぶために、月に一度、金曜日に横浜から新宿まで通っていた頃のことです。
講義が終わったあと、ホワイトボードと教壇のところまで行って、村山幸徳先生に直接ご相談しました。私の後ろには、同じように先生に相談したい受講生が一人、順番を待っていました。
ある方と一緒に事業を進めようとしている、とお伝えして、その方の生年月日と名前をお見せしました。
冒頭の一言は、それを見た先生の口から、最初に出た言葉です。
私はこう答えました。
「ええ、出資金ということで少し」
先生は、続けてこう言われました。
「もうこれ以上は1円も出さないで。返ってこないから」
先生が見ていたのは、相手の方の生年月日と名前だけです。会ったこともない人でした。
第2話で、独立して間もない頃に、海外の事業で数百万円と二年近くを失った話を書きました。その終わりに、この時期には他にもいくつか兆しがあった、と書いています。
その一つが、この日の先生の言葉です。
「あと少し」は、取り返すためのお金です
事業でも投資でも、途中で雲行きが怪しくなることがあります。
そのとき、多くの方がこう考えます。
ここでやめたら、これまで出した分が無駄になる。
だから、もう少しだけ出して、形にしようとする。形になれば、これまでの分も生きてくる。
筋は通っています。私も、そう考えていました。
先生にご相談したとき、私は追加でお金を出すかどうか、迷っていたのです。
いまなら、あのとき迷っていたお金が何だったのか分かります。
前に進むためのお金ではありませんでした。
取り返すためのお金です。
取り返すためのお金は、判断の基準が「この先」ではなく「これまで」にあります。いくら出したか。どれだけ時間をかけたか。見ているのは、過去のほうです。
そして、過去を基準にした判断は、たいてい追加を正当化します。これまでが大きいほど、やめる理由より、続ける理由のほうが見つけやすくなるからです。
迷っているときが一番危ないのは、そのためです。
迷っていました
「え」と「やっぱりな」
先生の言葉を聞いたとき、二つの気持ちが同時にありました。
一つは、え、という驚きです。
もう一つは、やっぱりな、という気持ちでした。
私はその方に、少しずつ違和感を覚えていたのです。
第2話にも書きましたが、時間には非常にルーズな方でした。約束の時間に、大幅に遅れてくる。
もう一つ、引っかかっていたことがあります。
相手が「興味があります」と言ったことを、「乗ってくれた」として扱うのです。そして、それを別の人を誘う材料に使う。
「Aさんも興味津々です」
そう言って、BさんやCさんに声をかけていく。Aさんはまだ何も決めていないのに、話の中では、もう仲間になっている。
誤解なのか、意図的なのか。当時の私には分かりませんでした。いまも、分かりません。
見逃していた理由
それでも、私はそれを見逃していました。
映画の仕事をしていた頃、プロデューサーにも、ときどきそういうタイプの方がいたからです。話を大きく見せて人を集め、集まった顔ぶれで、さらに話を大きくしていく。映画の世界では、それで企画が動き出すこともあります。
だから、違和感はあっても、よくあることだと片づけていました。
第2話で書いた、書面がないことを不自然だと思わなかったのと、同じ構図です。自分の経験が、ここでも油断になっていました。
先生の言葉は、その違和感に、外から名前を付けてくれたのだと思います。
追加は、出しませんでした
結局、私が出したのは、最初の出資金だけでした。
迷っていた追加の分は、出していません。
日本橋の居酒屋で
後日、東京の日本橋に近い居酒屋で、その方とランチをとりました。出資メンバーの代表や責任者も、顔を揃えていました。
それぞれメニューからお昼の定食を選んで、食べ終えて、食後のコーヒーが出てきた頃です。
その方が、打ち明けました。
新しい会社のために預かったお金を、リサイクルショップの運転資金にあてていた、と。
彼がもともと海外で立ち上げようとしていた、あのリサイクルショップのほうです。
その場にいた出資メンバーのほとんどが、このあとプロジェクトを離れていきました。
翌日の電話
私も、離れることにしました。
居酒屋でランチをした翌日、電話で本人に直接伝えました。
返ってきたのは、短い言葉でした。
「そうですか。ご迷惑をおかけしました」
出資金は、戻ってきませんでした。
ただ、それ以上は失っていません。
迷っていた追加の分を出していたら、それも同じところへ回されていたはずです。
見切りは、次の元手を守る判断です
「やっぱりな」は、もう答えです
振り返ると、先生に言われる前から、答えは半分出ていました。
やっぱりな、と思ったのは、自分の中にすでに違和感があったからです。
迷うというのは、たいてい、違和感と、これまで出した分とが、綱引きをしている状態です。
違和感のほうは「この先」を見ています。出した分のほうは「これまで」を見ています。
どちらに従うべきかは、はっきりしています。
「ほかの人も乗っています」に気をつける
迷っているとき、人は判断の根拠を外に探します。
一番効くのが、ほかの人も乗っている、という話です。
そして、一番当てにならないのも、この話です。
「Aさんも興味津々です」のAさんが、まだ何も決めていなかったように、乗っている人の数は、話す側がいくらでも大きく見せられます。
迷ったときは、誰が乗っているかではなく、書面があるか、約束が守られているか。見るのは、そちらのほうです。
気学は、ここで何を見ていたのか
先生が見ていたのは、相手の方の生年月日と名前だけです。
細かい見方はここでは書きませんが、その人がどういう傾向を持ち、どういう場面で何が起きやすいのか。それを、会わずに読んでおられました。
私のほうは、実際に会っていました。会って、違和感を覚えていました。
道筋のまったく違う二つの見立てが、同じところに行き着いた。
気学が何かを言い当てたというより、私がすでに感じていたことに、外から一本、線を引いてくれた。あのとき起きたのは、そういうことだったと思います。
迷っているとき、自分の中の違和感だけでは、なかなか決めきれません。出した分が大きいほど、違和感のほうを小さく見積もってしまうからです。
外からの一本の線は、そこで効きます。
過去は問わない
村山先生は、過去は問わない、と繰り返し教えておられました。あのときの方位が悪かった、と犯人探しをするのではなく、これからをより良くするためだけに使いなさい、と。
これは、お金の判断にも、そのまま当てはまると思っています。
これまでいくら出したかは、問わない。
見るのは、この先に出すお金が、この先の何につながるのか。それだけです。
登録されていた住所を、地図で開きました
ご相談を受けた方すべてのその後を、存じ上げているわけではありません。ですので、これは私が知り得た範囲の話です。
個人事業主の女性の方から、ご相談をいただいたことがあります。
仮想通貨の投資話が、雨後の筍のように出ていた頃のことです。
その方はすでに出資していて、追加で出すかどうかを考えておられました。私にも、一緒にどうかと勧めてくださいました。
地球の裏側の倉庫
お話を伺って、運営している事業者のことを調べました。
登録されている住所を、Googleマップで開いてみたのです。
出てきたのは、地球の裏側にある、倉庫のような建物でした。
私はその方に、高い確率でポンジ・スキームだと思います、とお伝えしました。新しく集めたお金を、先に出した人への配当に回して、回っているように見せる仕組みです。
そして、こう申し上げました。
「おそらく、戻ってきません。これ以上は、出さないでください」
あとで気づいたのですが、あの日、先生に言われたのと、ほとんど同じ言葉でした。
周りに勧めるのも、やめていただきました
その方は、追加の出資をやめられました。
そして、周りの方に勧めるのも、やめていただきました。
私は、こちらのほうが大きかったと思っています。
良いものだと信じているから、人にも勧める。その気持ちに、悪気はありません。ただ、仕組みの側から見れば、それこそが次のお金を呼び込む入口になっています。
出した側が、知らないうちに誘う側に回ってしまう。そこで止められたことに、意味があったと思います。
確かめる手段は、一つではありません
この方の件で、私が使ったのは気学ではありません。地図です。
先生は気学で確かめ、私は住所で確かめた。
大事なのは道具のほうではなく、迷ったときに、自分の外で一度確かめることだと思っています。
あなたがいま「あと少し」と迷っているお金は、前に進むためのお金ですか。
それとも、取り返すためのお金ですか。
迷っているときに、外から一本の線を引く。あの日、先生が私にしてくださったのは、そういうことでした。
公式LINEでは、経営判断に使える時流の読み方をお届けしています。
よくある質問
撤退するかどうか、何を基準に決めればいいですか
これまで出した額を、いったん脇に置いてください。そのうえで、もし今日ゼロから始めるとしたら、この事業にこの額を出すかどうかを考えます。出さないのであれば、それが答えです。すでに出したお金は、続けても、やめても、もう戻りません。変えられるのは、この先に出すお金のほうだけです。
一緒に事業をする相手が信用できるか、見分ける方法はありますか
私が見るようになったのは三つです。約束の時間を守るか。書面を嫌がらないか。そして、「ほかの人も乗っている」という話を、どう使うか。まだ決めていない人の名前を、決まったかのように出して話を広げる方とは、慎重に距離を取ったほうがいいと思います。気学で相手の傾向を拝見することもできますが、会って感じた違和感と突き合わせるのが、一番確かです。
気学で、相手の人のことを見てもらうことはできますか
できます。ただ、それで「この人は良い人だ、悪い人だ」と決めつけることはしません。拝見するのは、二つです。一つは、その方がどういう傾向を持っていて、組んだときに何が起きやすいか。もう一つは、その方がいま、人生の九年の周期のどのあたりにいるか。同じ人でも、広げていく時期にいるのか、整える時期にいるのかで、一緒に組んだときに起きることが変わります。最終的に決めるのは、ご自身です。私の役割は、迷っているところに、外から一本の線を引くことだと思っています。